HSPカフェメリッサ管理人 秋池 葉子です。

2013年よりHSP(感受性が高く気質体質ともに敏感な人)が安心して集うための、当事者交流会(HSPお茶会)を開催しています。

私がHSPを知ったのは2000年のことでした。

仕事帰りに立ち寄った書店で、HSP研究の第一人者である Elaine N. Aron 博士の初めての著書『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』を見つけ、
その場ですぐにセルフテストをしてみると、23項目のほぼすべてにチェックが入りました。

私は内向的なHSP(Highly Sensitive Person)で、
その時、初めて自分がどういう状態であったのかを知りました。

しかしその後も、私は自分の気質について特に考えたことはなかったのです。

やりたい仕事もなく、こうなりたいという目標も持っておらず、人間関係がきつくなるたび、そこを辞めて別の仕事を探すということを繰り返してきました。

そのため転職歴も多く、3回の結婚と3回の離婚を経験したのは、長いあいだ自分というものにあまりに無頓着で、向かい合おうとしてこなかったからではなかったか、

今ならそう思えますが、当時はまさに渦中であり知る由もありませんでした。

そして50代半ば、いよいよどうにもならない出来事が巡ってきました。

新たな勤め先で働き始めて一か月を過ぎた頃、理由もよく分からないうちに私は職場で孤立し、精神的に追いつめられて一時は強烈なうつ状態になりました。

仕事に出れば八方ふさがりの毎日に身も心も消耗しきって、日常生活もままならなくなり…
どうすることも出来ず、呆然と立ち尽くすのみでした。

その職場は一年ももたずに去りましたが、辞めてからもダメージは残り続け、それから1年のあいだ、家から出られない日々を過ごしました。

電車に乗るのも買い物をするのも怖い、とにかく人に会うのが怖い。
何もかもが恐怖で、心が爆撃を受けたという言葉のとおり、まさにその状態でした。

ひたすら心の傷を癒す毎日。
そんな日々を送るうち、次第に、人生が荒波にもまれ続けていることと、自分の気質に向き合わないで来たこととは、どこか関係があるのではないかと考えるようになったのです。

それまでに起こってきたことを考えると、もうここで、覚悟を決めるしかありませんでした。

“HSP”気質を持つことを受け入れ、そんな“私”を生きる以外に道はないと納得しました。

メリッサが生まれたのにはそんな経緯があります。

それからは自分に良いと思えるものを少しずつ取り入れ、実践していき、
そうやって、この敏感な感性を大切に長く使っていくためには、自分の整え方を知っていることが何より大切であることを理解していったのです。

人生100年の折り返し点を過ぎて、これまでのことを振り返る機会が増えています。

この経験は極端であったかもしれませんが、
私は、長い時間をかけて、自分というものを知っていった気がします。

HSPの心とからだのケアのこと、良質な人生とは、安心の住まい方など、管理人の実体験に基づく気づきを、集大成として書いていこうと思います。

ご参考になるものがあれば、管理人にとってこれ以上の喜びはありません。